下調べもせず、思いつきで出かけてしまった、バンコクから一般バスに乗って、世界遺産シェムリアップ アンコ-ルワットへの往路の散々な体験と、素晴らしかったルアンコ-ルワット周辺徘徊の数日間、復路はスイスイ ツア-バス、帰路のバスの中で見てしまった、あのスカ-トからパンツ丸出しの邦人の娘達は???
*バンコクからカンボジア 「アンコ-ルワット」への道程の地図*
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昨日、地元の出身高校の先輩から言われた言葉が気になる。タイで起業しタイに住んでいる高校の先輩に久しぶりに再会して、バンコクの繁華街のタイ料理レストランで2時間くらい雑談してた時、一度はアンコ-ルワットを見ないと勿体無い(まだ見てないのかとチョツトバカにされた口調でwww)と、提言された。
タイに居ればいつでも観られるとたかをくくっていたが、この先輩の言葉が翌日になっても頭に突き刺さる。好奇心旺盛な「なんでも見てやろう!」のおいらとしては、あの言葉はちょつとプライドを傷つけられたような気持ち。
今日は、午前中はアパ-トの中にある美容院で久しぶりに散髪してもらいその後軽い昼食、午後からはアパ-ト内の25メ-トルプ-ルで甲羅干し。その後、又アパ-ト内のタイマッサ-ジで1時間ほどマッサ-ジ。おいらが住んでるアパ-トは部屋数が数百もある巨大アパ-ト、アパ-ト内で、大抵の日常の生活が出来てしまう。アパ-トからは、交通手段はバスだけとやや不便だが、2~3分おきにやって来るバス停もすぐ近くにあるから、そんなに不便でも無いか。おいらは最近、ちょくちょく訪タイしてタイをハブのようにして周辺国を旅するために、1LDKの小さなアパ-トを、日本から大きなカバンを持参したくない為に物置場として利用している。(この1LDKのアパ-トの間取り、バスル-ムだけは広くて6畳くらいありそう、物理的空間の関係で、こんな風にしかつくれなかったのかな)。それと驚いたことに、ベッドが又デッカイ。キングベッドというやつらしいが、ダブルベッドを倍にしたくらいデッカイというか広いのだ。タイ人の思考回路は、やや日本人と違うのか、なんでこんなにベッドがデッカイのかやや不思議だ。バンコクに居る間以外は殆ど利用していないので、おいらのような貧乏人としてはややコストがかかって頭が痛いのだが、重くて大きな荷物を持たずともタイに来れるのは助かる。実はこのアパ-ト、以前、タイの北部のチェンライ、メ-サイ辺りを徘徊してた時にたまたま遭遇した日本人の旅行客に出会い、その後、バンコクに戻ってからもちょくちょくつきあい、その時についつい云われるままに借りてしまった結果こんなことになってしまった。「◯◯さん、ホテル代勿体ないよ!バンコクで安アパ-ト借りれば、ホテル代の1週間分で1か月アパ-ト借りれるよ」、とか云われて、ついつい彼と同じアパ-トの階の違う1室を借りてしまった。彼は英語もタイ語も殆んど出来ないので、後になって考えると、おいらを近くに住まわせておいて、遊びに出かける時はおいらを連れて、バンコクでの通訳的な便利な道具として利用しようと思ったのかも?気前はいいようで、よくおごったりタダ酒飲ませるので、昼間から近所のタイ人の女の子達が、いつも何人か彼の部屋に遊びに来ている😁。おぃおぃ、エサやれば、タイ人の女の子は、こんなに沢山集まるのかよ?😁とはいえども、おいらとしては、余りよく知らないタイ人を気軽に自分のアパ-トの部屋に招き入れるような度胸も甲斐性も無い小心な貧乏人なので、まねはシナイで彼の部屋で彼女らと雑談するくらい。そうそう、彼の部屋によく遊びに来るタイ人の女の子の中に、タイ人とはちょつと容貌の違う娘がいる。長身で細身はタイ人にも多いが、顔の容貌がタイ人らしからぬ。聞いたところ英国人のハ-フ。タイ人もハ-フが多い。何かの事情で英国人と出来ちゃつた娘?邦人の友達が、「あの娘、お前に気があるらしいぞ!付き合ってもいいと言ってるぞ!」と茶化す。まぁ半分冗談でも、もてるのは悪い気分では無い?とか鼻の下を伸ばしてバカ話。昼間から、アルコ-ル入りの雑談して時間を過ごしている妙齢のタイ人女達、彼女らは一体何者?何の糧で生活出来るのだろう?(先程のハ-フの女は、旅行代理店に勤めているとか言うが、それにしては昼間からブラブラしている時間がおお過ぎではないか?あれでなんとか暮らしていけるのがちょつと不思議?😁でも、あんな風に能天気に生きていけるのはいいな~とか、ちょつとうらやましくも思うのだ。
さて翌日、思い立ったら吉日。アンコ-ルワットを見に行こう!と突然決心してしまった。先輩の一言が背中を押した。
朝いつもの時間に起床後、旅用の荷物をまとめてバンコクのバスセンタ-に走る。アンコ-ルワットに一番近い、タイ国境のポイペトまで、ほぼ丸一日のバスの旅を決行。けっこう距離があるが時間も沢山あるのだ。勿論旅費は少しだけ。国境のアランヤプラテ-トに着いた頃は、時既に遅く夕方5時過ぎ。国境は5時までしか開いていないのだ。ということで今日中の国境越えは無理となる。仕方ないので適当な安ホテルに一泊、翌日国境超えとなってしまった。別に急ぐ旅でないのでこれでいいのだ。😁
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翌日、入管ビザの手続きの時に、ダニみたいな客引きのカンボジア人に捕まってしまった。(泣)
タイ側の国境のビザ申請事務所でカンボジアへの入国の申請書類を書いていると、脇から30歳前後の現地人がサッとおいらの書類を奪って「俺が書いてやると」と言う。親切な現地人?さすがに多少の警戒心はあるのでそうは思わなかったが、チョツトチップはずめばいいかと軽い気持ちで任せた。(後からふりかえると、カンボジアから越境して、タイ側から入国してくるカモの観光客をいつも待ち構えているようだ)
カンボジアに入国後、シェムリアップ行の車に乗車するまでが大変だった。あのダニにしっかり吸着され、両替のために、近くの銀行に行く時も付いてくる。銀行内の窓口まで付いてくるのだ。何か購入したら仲介料をとるつもりのようで、追い払っても追い払っても消えないのだ。シェムリアップに行くために、ピックアップが沢山駐車している広場に赴く。カンボジアの各地の主要な村をタイのツクツクのように定期航路で配客していく車の停車駐車広場である。そうそうシェムリアップに行く車を見つけ、値段交渉しだすと彼が割って入って値段交渉の主導権を奪う。おいらは勿論カンボジア語はしゃべれない。彼ら運転手の車は、観光客の乗車は余りないようで簡単な英語も通じない。ジェスチャ-で交渉しているおいらの立場としては、横から現地人に値段交渉を邪魔されたらどうしようも無い。仲介料取る気まんまんのようでマイッタ(泣)。
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(参)この人はカンボジア→タイ に陸路で入国したようだが↓
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どういう形でおりあったかは記憶はないが、未だにうらみつらみの記憶が消えないのは、優しいおいらもかなり頭にきてたのだろう。この辺ではかなりのワルなのか、間に入って諭してくれる現地人も現れない。(おいらでも、わざわざ地元のワルを諭してトラブったったら嫌だもんな。)そんなこんなで、何とかシェムリアップ行のピッアップトラックに乗車して、やっとヤレヤレ😁。
ピックアップの乗車も、後ろ側の荷台と車内とはかなり料金が違うようだが、勿論おいらは車内。さすがの貧乏人のおいらでも荷台に長時間乗る勇気は無いのだ😁。ここから3~4時間の地獄のガタガタ道の車の旅が始まる。カンボジアのこの辺の道は、かってお笑いの猿岩石がボランティアで舗装するというのをテレビでやってたことがあるが、凄い悪路。メコン川のハイスピ-ドボ-ト程ではないが(ルアンパパ-ン編御参照)。ピックアップと言えば勿論トラック仕様でスプリングが硬い、おいらは自慢では無いが、トラックに殆ど乗ったことが無い。ピックアップはスプリングが硬いので尻に堪える。地獄のような未舗装のガタガタ道を、後方は車が巻き上げる砂ホコリで見えないほどの猛スピ-ドで走る走る。ピックアップというのはそれまで知らなかったが席の間隔が狭く足が伸ばせないのだ。短時間なら耐えられるが長時間なのでエコノミ-症候群の難行苦行である。隣にカンボジア人のおばちゃんがたまたま乗った。先刻のタチの悪いカンボジア人の客引きの話すると、「酷いわね!これでも食べんナサイ!」と、酒のつまみのような菓子くれた。カンボジア人も親切な人も多いのだ。各村々でピックアップは乗客を下ろし、段々客が少なくなってきて車も軽くなるので更にお尻が痛くて痛くてタマラン、エコノミ-症候群になりそう、と極限にきた頃、やっと車はシェムリアップの何処かに到着した。
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シェムリアップに到着したのはいいのだが、今夜の宿泊場所を決めなければならない。地球の歩き方に載っている高評価の適当なゲストハウスを選択しチェツクインする。エアコン、温水シャ-ワ-付きの部屋である。(かなり暑いかとエアコン付きにしたのだが、幸い殆ど電源入れることもなく比較的涼しかった)。後で窓辺をよく見ると、どの窓も鐵格子が付いている。治安はチョツト気をつけたほうが良さそうだな、と気を引き締めた。すぐ隣がガソリンスタンドで雑貨屋もある。ちょつとした食料品などを買いにいくのに便利そう。明日からいよいよ「アンコ-ルワット」の観光だ。明日の為にバイタクを予約しておく。カタコトだが英語で観光案内もしてくれるようだ。
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シェムリアップ周辺のグーグルマップ
アンコ-ルワット周辺地図 ↓
翌朝、8時過ぎにバイタクが迎えに来た。15分も走ると、アンコ-ルワットの玄関に到着。チケットは1日分と数日分とあるようだ。入門するとカンボジア人の健康美人の笑顔で迎えられた。しばらく川沿いのような道をいき、右に直角に曲がるところで、アンコ-ルワットの全貌が見える場所に着く。タイやラオスのお寺は金ピカで、おいらの趣向としては余り好きでないが、アンコ-ルワットは薄墨色に汚れていて、嫌いではない。勿論金ピカのゴ-ルドも嫌いでは無い。
アンコ-ルワットの境内の情報は、あまたの解説がネットにあるので、そちらに譲ります。
翌日は、アンコ-ルワットの日の出を見ようということで、まだかなり暗い早朝にゲストハウスを出てバイタクで赴く。アンコ-ルワットを遠望して、その前の大きな池の手前からシャツタ-を切るといい写真が撮れるということで、既に沢山の外人観光客がカメラを手に待ち構えていた。おいらが池の前に佇むと、邪魔だ!とか言われてしまった。(泣)
アンコ-ルワット内の散策も今やグ-グルストリ-トで自由に見られる時代なので、時間のない人はグ-グルストリ-トで散策するのもいいかも😁サ-ビスでリンク貼っておきましたので、ご自由に観光散策してください。
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3日目からは、アンコ-ルワットのすぐ横にあるバイヨン寺院周辺を散策する。バイヨン寺院のストリ-トビュ-も貼っておきますので、ちょつと奇怪ないろんな仏像をじっくりと拝観しながら自由に周辺を散策してください。まぁでも、ネット時代になると、時間とお金が無くても、こんな風に自由に世界遺産を観られてしまうのは、便利な時代になりましたね。(まだ当時は、日本技術者が日本から来て、現地カンボジア人を技術指導しながら遺像の修復をしていたようです。)
バイヨン寺院入り口付近で、20歳前と思われるカンボジア現地人に捕まりました。日本語を勉強したいのでと言いながらベッタリ付いてくる。断ってもベッタリ。別れ際、やはり金よこせ!だって(泣)。日本語の先生のおいらが貰いたい!近くに日本語学校があるようなので、そこへ行けよ!
(アンコ-ルワット周辺は大小の遺跡群が沢山ある。こういった趣味の方は宝の宝庫なので、何日居ても飽きないのでは?)
アンコ-ルワット周辺を一望出来る小高い丘があって、その丘の上から、佇む遺跡群をバックにした夕日が見られるということで、石段を登り登った丘にも赴く。ブノン・バケン寺院というらしい。ここも観光名所のようで、おいらが息を切りながら登ると、既に沢山の外人観光客が居た。このストリ-トビュ-もリンクを貼っておきましたので、観光客になったつもりでご堪能ください😁。下線付きの赤い文字がリンクです。
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そんなこんなで、アンコ-ルワットだけでなく、その周辺もあちこち徘徊して、アンコ-ルワットの旅もぼつぼつ終わりにしようと思い、バンコクへの帰路方法を考える。往路の悲惨な経験はもうしたくない。近くのゲストハウスで、ここシェムリアップから、バンコクのカオサンまでの直行のバスが予約出来るというので、その予約を取る。
翌日早朝、予約したゲストハウスの前に大きなツア-観光バスが到着。乗車するとなかなか綺麗なバスでトイレまである。乗客は近くのゲストハウスに泊まっていたとおもわれるバックパッカ-ばかり。日本人はおいらと、二十代の2人連れの日本人娘。帰路は快適であった。乗客数も20人前後で車内はスキスキ。横になれるくらい。
カンボジアからタイへのポンペイの国境超えもなんなく通過。往路のあの悲惨な旅は何だったのか?バスの中で、長時間おいらのすぐ横に座っていたファラン(欧米人)の客が妙な事を言う。俺、ハッパやってんだ….とか😁。そのハッパやってるとか言うファランがある方向を見てキョトンとしている。おぃおぃ車中でもやってんのかよ、とそのハッパ男の視線の先を見ると、先程の二人連れの20歳半ばくらいの日本人娘が、旅の疲れが出たのか、バスの長椅子に仲良く横になって爆睡している。爆睡しているのはいいのだが、こっちから見ると、スカ-トの中がまる見え。あらわな太ももだけではない、下着までもが丸見えなのだ。おいらは恥ずかしいので見て見ぬふりしていたが、廻りのファランも気がついたようで一斉に太もも上の下着に視線を向ける。おぃおぃカンベンしてよwww。同じ日本人として、ちょつと恥ずかしかったな(泣)。(「大和なでしこ」よ!旅先で疲れたといっても絶対に油断するなヨ!www)
とか、いろいろ楽しい思い出を残して、1週間の旅の疲れの余韻を残したツア-バスは、暗くなったバンコクのカオサンに着いたのだ。
**********終わり**********
おまけおいらがアンコ-ルワット周辺で撮った写真、いろいろ貼り付けておきます。
*「アンコ-ルワット」編 THE END*