ちょっと行ってきました――と言っても、ずいぶん昔の話です😁 絵葉書などでよく見かけた、いわゆる「首長族」の村。おいらは北タイを旅していた途中、四駆に揺られて訪ねました。
「一度は見てみたい」という好奇心はあった。でも、いざ観光として訪ねるとなると、人の暮らしを見物するとは、いったいどういうことなのだろう?――そんな引っかかりもありました。

旅先で出会った日本人一行に便乗
メーサイ、チェンライ、メーホンソン周辺を旅していたとき、同じく観光中らしい日本人と出会った。年齢はおいらと同じくらい。その人は若いタイ人女性と子どもを連れていたが、どういう関係かは詮索しません(笑)。
女性が案内と通訳をしており、これから村へ向かうという。小さな四駆の料金を割り勘にしようという話になり、おいらも便乗させてもらった。


道中は凸凹の泥道。頼りなさそうな橋も渡った。普通の乗用車なら、途中で「やっぱり帰ろうか」と言いたくなるような道だった。
村で見たもの、考えたこと
村では、真鍮の輪を首元に着けた女性や子どもたちが、織物や土産物を売っていました。観光客へ明るく声をかける人もいれば、静かに店番をしている人もいる。おいらは珍しい装飾に目を奪われながらも、だんだん複雑な気持ちになってきた。


当時、輪について現地でいろいろな説明を聞いた記憶があります。ただし、くじで決めるとか、外すと首が折れるとかいう話は、おいら自身が確かめた事実ではありません。昔の旅先では、通訳を挟んだ話や観光客向けの説明を、そのまま信じてしまうこともありました。
※「首長族」は観光で広く使われてきた呼び名です。ここでは当時の旅の記憶を伝えるため題名に残していますが、人々を見世物のように扱う意図はありません。
楽しいだけでは終わらなかった
村の中を歩くと、観光で生活が成り立つ面と、観光される側の暮らしの両方が見えてくる。外から来たおいらが「人道上どうなんだ」と簡単に結論を出せる話でもない。仕事や収入の選択肢が少ない土地では、都会の理屈だけでは割り切れない現実があるのだと思いました。



正直に言えば、ただ「楽しかった!」で終わる観光ではなかった。でも、だからこそ今も記憶に残っています。珍しいものを見たという話だけでなく、見る側のおいら自身も考えさせられた――そんな北タイの一日でした。

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